葦牙=葦の芽

天地が開ける初めの時は、洲や島が浮かび漂うこと、ちょうど泳ぐ魚が水の上に浮いているようなものであった。その時、天と地の中にある一つの物が生まれた。形は萌え出る葦の芽のようで、そのまま神となった。国常立神と申す。

『泥の中から葦牙のごとく萌えあがってきたものがあっての、そのあれわれ出たお方を、ウマシアシカビヒコヂと言うのじゃ。われら人と同じく、土の中から萌え出た方じゃで、この方が人びとの祖と言うこともできるかじゃろうかのう。』

三浦先生は古事記に(青人草)(人草)と言う言葉がある事などから神も人も草から出てきたとおっしゃっています

口語訳 古事記 三浦佑之 文春文庫

可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカビヒコヂノミコト)はウマシは美称で立派な、よい、などの意。葦牙は春先に萌え出でる葦の牙の生命力の表象。陽の気を持つ神であるため、男性を示す「彦舅」(彦は男子、舅は女性側から見た男性)の名がつく。

日本書紀 新編日本古典文学全集 小学舘
目次

青人草

青は、生命力が盛んなことをいうほめ言葉ですが、人草を「人である草」というふうに解釈すると、古代の人々にとって、人はまさに「草」そのものだったということになります。わたしが、青人草という言葉の解釈にこだわるのは、そのようにりかいすることによって、ドロドロの地上に最初に成り出たという神の姿と人の出現とが重なってくるからです。

春になって泥の中から芽吹いてくるアシカビ(葦の芽)によってイメージされたウマシアシカビヒコジこそ、「うつくしき青人草」そのものであり、この神は最初に地上に萌え出た「人」だったという解釈を不動のものにするはずです。ウマシアシカビヒコジというのはアダムだったのです。

古事記講義 三浦佑之 文芸春秋社

国土の固まらない状態を、水面に浮かぶ脂や海月、水辺に伸びる葦の芽などを比喩に用いて語ったのは、難波あたりの水辺生活の体験にもとずいて語られたものであろう。ウマシアシカビヒコヂノ神は、葦の芽に象徴された生命力、成長力の象徴である。大地の殻を破って萌え出る葦の芽、一日に十五センチも伸びるという葦の成長力を、古代人は驚異の目を持って眺めたのであろう。「芦原の中国」「豊葦原の水穂国」「芦原色許男神」のように、「葦原」ごわが国の古称として用いられたのも、葦のよく茂る国、すなわち穀物のよく成育する国という意味であった。

古事記 全訳注 次田真幸 講談社学術文庫

『古事記』では、淡路島から始まって四国・九州・壱岐・対馬の順に、瀬戸内海をへて大陸に通う航路に従って西に進んでおり、畿内以東はまったく考慮されていない。この神話は、淡路島を基点として形成された、古代の政治地図の姿を示している。「大八島国」という国号が用いられているから、国生み神話の成立は、七世紀後半以後であろうと思われる。

また国名や神名に、穀物にちなんだ名称の多いこと、神名に・・・・ワケという名の多いのが注目される。ワケ(別)は、古代天皇の諡号や皇子の名に用いられた「別」と関連があり、景行天皇朝のことと伝えられる皇子分封の思想と関係がある、といわれている。

古事記 全訳注 次田真幸 講談社学術文庫
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    ベニバナ 2022.03.02